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安心できる居場所子ども食堂

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 格差社会が広がる中で子どもたちにも貧困の影響が出ています。最近、「子ども食堂」という言葉をよく耳にします。報道によると、全国で300ケ所以上が開設されているといわれています。
 昨年は松山市の「子ども食堂」を紹介しましたが、新居浜市でも「子ども食堂」が開かれています。どのようにしてできたのか、また、医療生協がどう関われるのか考えていきましょう。


子ども食堂オープン

 去年8月から、日本キリスト教団新居浜教会で新居浜市初の「子ども食堂」がオープンしました。
 全国的に広がりつつある『子ども食堂』を、ぜひ、新居浜にも開設したい!そんな思いで実行委員会を立ち上げた組合員の広瀬満和牧師にお話を聞きました。
 現在、日本の子どもの相対的貧困率は悪化しつつあり、2014年の厚生労働省の発表によると、16・3%であることが明らかになりました。これは6人に1人の子ども(約325万人)が相対的貧困状態におかれているということです。経済格差、教育格差はもとより子どもたちの健康格差にまで広がりつつあります。
 「このような中で『わたしたちに出来ることは何か?』ということを真剣に考えて参りました。そこで地域の子どもたちに向き合い、共に食事をし、共に勉強し、共に悩み、共に遊び、安心できる居場所作りを〝新居浜子ども食堂 中村松木店〞という形で具体的に提供することができるのではないか、との思いに至りました。子どもたちの未来が少しでも明るくなるようにと心から願っております」
 世代を越え、立場を越え、皆で関わり合い、助け合い、幸せの輪が広がってゆくために広瀬さんは〝新居浜子ども食堂 中村松木店〞の運営に理解を求めています。


みんなで楽しく

 最初は、子どもたちが来るかどうか心配で、教会でやっている英語教室に来ている子どもたちに声かけやチラシを配って案内しました。
 しかし、貧困は見えにくく、「開いたからね」って言ってもすぐ集まるのものではありませんでした。最初は、催し物をすることで何気なく声かけをし、コミュニティづくりから始めました。今では世代をこえた「つながり」が出来つつあります。
「子ども食堂」に来る子どもたちは、みんなでおいしい食事を食べるだけでなく、ボランティアの高校生に勉強をみてもらったり、お友達と遊んだり、楽しい一時を過ごしています。


            
これから医療生協でも

 みなさんも是非一度「子ども食堂」に足をはこんでみてはいかがでしょうか。「子ども食堂」の実態を知ることで、世代をこえた地域でのつながりが深まればいいですね。
(文・東予編集部)

オレンジカフェ(認知症カフェ)が育みたいもの

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 高齢化が急速に進む今、認知症の方の数も急速に増えています。
 愛媛医療生協では新居浜市の委託を受け、認知症の人とその家族、地域住民、専門職等の誰もが参加でき、「集う場所」としてオレンジカフェ(認知症カフェ)を開設しました。
 その概要を紹介します。


手探りで始まったオレンジカフェ

 若水町で何十年も旅館として地域の方に親しまれてきた〝とらや〞。今は、認知症の方たちのグループホーム「とらや」とデイサービス「はなみずき」として、地域で活躍の場となっています。
 この「とらや」で9月25日、新居浜市の在宅介護への支援啓発事業として、第1回目の 〝オレンジカフェ〞 をオープンしました。
 「こんな古臭いところでカフェなんてできる?」「いきなり知らないところへ相談なんてね…」「入りにくくないかな」等々。最初はイメージが湧きませんでしたが、看板を作ったり、100円ショップでおしゃれな小物を見たり、メニューを考えたりするうちに徐々に出来上がってきました。
 〝オレンジカフェ始めます〞 のチラシを若水自治会の回覧板に入れてもらったり、ケアマネジャーさんに居宅回りのときに配ってもらい、近所の方へお誘いの声掛けもしました。
 見守り委員さんに認知症で介護に困っている家族へのお誘いのお願いをしました。
 緊張の初日はお手伝いの方達ばかりになるのでは?と心配していましたが、職員をはじめ、包括支援センターの方、医療生協の支部の方、包括より紹介で来られた認知症の方、近所の方、とらやの利用者の方、総勢14名が参加しました。
 「紙コップかと思ったら、オシャレなカップですね」「いつもと違う感じで広々していいですね」「このケーキ手作りですか?おいしいですね」
 知らない方々も一緒にテーブルを囲み笑顔で、話に花を咲かせていました。終わった後に問い合わせの電話もありました。


みんなの居場所として

 2回目の10月9日は、組合員さんの折り紙の話題から、1枚の折り紙に切り込みを入れて4羽の鶴を折る事で夢中になり盛り上がりました。
 また認知症のお姉さんを介護している近所のご夫婦も来られ、「外出するとなかなか帰ってこない」「昔はこんなんじゃなかったのに」と笑いながら愚痴や心配事を話されました。
 今のところ特別な企画をしていると言う訳ではありませんが、そこには、穏やかで、温かくて、ほっとする空気感があります。これからもオレンジカフェが〝地域の方たちの集える場〞として定着していけばいいなと思います。


 「また行きたいねぇ」「なんか居心地よかったねぇ」
 気をつかわなくてもそのひとがその人のままでいられるそんな居場所になればいいと思います。
(グループホームとらや施設長 高橋 美香)

障がい者スポーツと健康 ~障がいは不便ではあるが、不幸ではない~

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今年の夏をさらに熱くさせたリオ・オリンピックとパラリンピック。えひめ国体もいよいよ来年です。身体障がい者スポーツは、戦争で負傷した人たちが車椅子を利用してスポーツを楽しむことから始まりました。現在は競技スポーツとして、そして生涯スポーツとして発展しています。そこで特別支援学校の陸上競技指導者である宮崎靖先生にお話をうかがいました。


昨年10月からホームページに月1回の選手育成・強化練習会の案内を載せたことから、少しずつ選手と指導者の参加が増え、8月13日の愛媛大学山越グラウンドでの練習会では、全種目の選手が初めて揃いました。この日、初参加の方は4名(2名は車いす投てき選手、指導者が2名)です。


陸上の選手たち

 今治から初参加の池田斉さんは、19年前に頸椎損傷により車椅子生活になりました。もともと身体を使う仕事をしていたこともあり、身体を動かしたいと思って10年前から投てきを始めて全国大会など出場経験が豊富な方です。ホームページでこの練習会のことを知って参加しました。スポーツを通していろいろな方との交流が楽しく、家族や周りの方にも喜んでもらえると笑顔が印象的です。
 矢野繁樹さんは、お兄さんの影響で陸上をやっていましたが、中学時代に視力障がいとなりました。
 鍼灸マッサージの資格取得のため東京在住の時、短距離走でアトランタパラリンピックに出場、メダルを手にしました。岩手大会では音源走50m に、愛媛でのチャレンジ記録会では伴走者との100m に挑戦します。
 この日の伴走者である愛媛大学生、富田湧さんは、自分自身がまっすぐに走ることを矢野さんからアドバイスされ、二人三脚の気持ちで走ることを心がけています。
 長距離走の方々の手話通訳をしている源代えりさんは、松山聾学校の教員2年目です。
 このように陸上競技は種目も多く、身体・聴覚・視覚などの障がいによってサポートするボランティアの方々も多岐にわたります。


競技意識への変化

 陸上競技では、今年5月のルール改正ですべて国際ルールになったことが、選手や指導者の意識を変えるきっかけとなりました。宮崎先生が心配していた記録会でのイングリッシュコールやフライングでの一発失格はなく、強化の底上げにつながりました。


スポーツのバリアフリー化

 宮崎先生ご自身が、短距離選手として全国高校総体に出場、リレーでの入賞経験者で国体を通して強化され指導者となった方です。東京や大阪などと違い、障がい者専用の施設のない愛媛でいかに裾野を広げて山を高くするかを見据えて来年の国体が終わっても継続していくために「愛アスリートクラブ」を立ち上げました。  「まずは一人を育てる」ところからご縁がつながり、輪が広がって、定期的な練習の場ができたことをスタートに、障がい者の社会参加、地域社会の絆につながっていくことを願っています。  長寿になった現代では、「誰もが人生のある時点で障がいを負う」(WHOより)可能性があり、医療・介護・福祉の生協としての地域健康づくりは、生涯スポーツのサポートにつながる取り組みでもあると感じます。特別扱いでなく、普段から思いやりを持った愛のある行動を心がけたいものです。
(取材・吉田 由美)

ときめき健康チャレンジ ~変わる、つながる60日間~

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 みなさん健康寿命はご存知ですか?健康寿命とは、病気や怪我で寝たきりになったり、認知症で苦しむことなく、元気に生活することができる年齢のことです。平均寿命と健康寿命の間には、男性で約9年、女性で約13年の差があります。心身ともにいきいきと暮し続けるため、自分自身の健康法を活かすなど、家族・友人と楽しく健康チャレンジに挑戦してみませんか。


さあ、始まる健康チャレンジ

 ときめき健康チャレンジとは9月、10月の60日間で自分自身に合わせた8つのコース、あるいは具体的に自分だけの健康法を決めて、健康づくりに励んでいくことです。このチャレンジは、一人で予防健康づくりに挑戦していくだけでなく、家族や友人、支部の班や場などみんなで目標を決め、時間を共有しながら一緒に継続していくことができます。


広く伝える健康づくり

 健康チャレンジのスタート前、3つの支部に事前の取り組みについてお話を伺いました。石井東の北支部の場合、7月に支部が主催した『健康講座』を生かし、講座に参加した地域のみなさんに健康チャレンジを紹介しました。健康講座では、愛媛生協病院デイケアの理学療法士を招き転倒予防を学び、これを健康チャレンジに加えて参加してみようなど、いくつかのアイデアが上がりました。また石井東の南支部の「子育てくらぶ」は、子育て中のお母さんたちとその子どもたちが集う場で、この健康チャレンジについて話しました。昨年も参加したお母さんたちもいて、幅広い年代で一人ひとりに合った健康づくりが取り組まれています。


参加者の声

 浮穴支部のゆり班では班会でラジオ体操やロコモ体操を行っています。そこで班員のみなさんに健康チャレンジや健康法についてお聞きしました。今年が2度目のチャレンジの方は、「去年は食べることを選んで腹八分を意識したから、今年は睡眠を加えてみて1日7〜8時間寝ることを心がける!」と目標を語りました。なぜ今年は睡眠を足したのか伺うと、「以前、睡眠時間が6時間以下だったときは体調も優れないこともあったから今年は意識して睡眠時間を確保したい」とのことです。また初めて参加される方は、「柔軟性がないし、股関節も痛いから毎日ストレッチをしていこうかな。でも60日間の中で続けるのを忘れちゃいそう」と言うと、他の班員さんが「忘れそうだったら、冷蔵庫にカレンダーを貼っとくといいよ。あと気張らんでも毎日の中で出来ることでいいから」とお互いにアドバイスしました。また班会で行っているロコモ体操を活かして、今年の健康チャレンジに取り入れる方もいました。

医療生協の健康づくり

 このように健康チャレンジを通じて、班会や地域の人などみんなで声をかけあったり、家族や友人などと一緒に改めて生活習慣を見直したり、つながりを持って健康づくりができるのも医療生協の特徴です。また自分自身の健康管理の意識を磨くことこそ、医療生協の健康づくりといえます。楽しく「ときめき」、新しく「自分を変える60日間」にしていきましょう。
(取材・岡田 真幸)

ほんとうの平和を生きたい ~「戦争」してなかったら「平和」なのか~

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 夏空の下、全国各地で戦没者慰霊祭が開かれ、平和を考える8月。「平和とよりよき生活」を掲げて、地域の協同を育んで来た私たちが、今回あらためて「平和学」という視点から平和について考えてみようと、学生たちと一緒に学んで来ました。


貴重な体験談

 愛媛大学法文学部の和田寿博教授の「平和学」の講義を訪れました。この講義は2005年に開講し、主に一回生が受講する人気の講義です。
 この日は、松山市在住の亀井好一さんに広島での被爆体験をお聴きしました。
 亀井さんは8歳の時に被爆し広島の惨状、深い傷を負い10年後に亡くなったお兄さんの壮絶な人生、さらに平和への想い、私たちの課題について語りました。
 爆心地や被爆者の写真、惨状を描いた絵なども上映され、その激しさ、悲惨さに学生は圧倒され、生命の大切さを考えざるを得ませんでした。
 「平和に必要なことは何でしょう?」との問いに、亀井さんは「真実が伝えられること」と語ります。戦争中、言論統制が行われ、幾つものウソが積み重なって、真実が見えなくなり、誤った判断や選択が繰り返された悲惨な経験からの想いです。
 3年前から誰にも話さなかった経験を語るようになったのは、「人は真実が伝われば正しい判断を行う力を持っている」と言う、亀井さんの人間への基本的な信頼があるからです。
 「学生たちが、どの様に受け止めてくれてもいい、ただ、本当にこんなことがあったのだと言うことを伝えたい」と語ります。
 和田教授は戦争体験を直接聴くことは、今だから出来る貴重な学びだと強調し、平和学をさらに広げたいと語りました。


「平和学」からみた「戦争と平和」

 「平和とは?」とたずねられたら、何と答えますか。
 現代の「平和学」では、戦争や紛争などの「直接的暴力」が無いことを平和とは考えていません。戦争の原因となる貧困や抑圧などの「構造的暴力」が無く、平等で自由に生きている社会を平和と捉えます。
 一人ひとりの自由な発展が、万人の自由な発展につながっている状態が平和であり、これを「積極的平和」と学んでいます。
 この様に貧困や抑圧、差別やいじめの無い社会を平和と呼ぶのであれば、今日の経済格差や無寛容、高齢者や子ども、障害者、外国人などの人権侵害や若者の自己肯定感の低さなど、「構造的暴力」を感じる今の日本は、本当に平和と呼べるのかと感じざるを得ません。


ほんとうの「平和」を生きる

 医療生協にとっての「健康」は、ただ病気で無いことではなく、「昨日よりも今日が、さらに明日がより一層意欲的に生きられる」という積極的な健康観を持っています。
 そんな私たちが、私たちの「平和観」を語るならば、やはり、ただ戦争状態で無いことではなく「構造的暴力」が無い、「積極的平和」を示しているのだと思います。
 その様な社会に暮らすことが私たちが目指す「健康」の土台になっています。
 「平和学」を担当する和田教授は「学問は人類の幸福のためにある」と語ります。そして「平和に必要な事は何か?」の問いに「学びと、対話と、行動」だと力説されました。「平和とよりよき生活」を目指す私たちへのメッセージと受け止めました。
(取材・編集部)

若者たちの未来への想い ~5.3憲法集会より~

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 今夏の参議院選挙から18歳選挙権が適用され、今まで以上に若者の選挙や政治との関わりが深くなっています。しかし愛媛県ではすべての世代で平和や選挙への関心が低い傾向があります。どうすれば、より多くの人の関心を集められるのでしょうか。


平和とは・・・

 今年の憲法集会では、若者トークが行われ、聖カタリナ大学の山本万喜雄先生の司会で、6人の若者が平和について語りました。大学院生の前田俊彰さんは「私は生まれつき重度の障害があり、幼い頃から何度も意識不明になりました。しかし日本の高い医療技術によって救われてきました。今生きられるのは、日本が軍事力でなく経済発展を優先した平和な国であるからだと思います。この国に生まれてこなかったら生きられなかっただろうと考える時もあります。」と平和の意義を語ってくれました。


自分たちにできること

 高校3年生の鷲野天音さんと越智航さんは、7月の参議院選挙から実施される18歳選挙権について、今の率直な気持ちを話しました。鷲野さんは選挙までに18歳の誕生日を迎えるため、投票することができます。「自分の友達の中には、実際に選挙に行かない人や関心がない人が多い。また愛媛県の県立高校では校外での政治活動は事前届出制になっており、自分が有権者であるにも関わらず、活動に制約があることには矛盾や憤りを感じている。高校生が投票することで本当に自分たちの意思が社会へ反映されるのか。」という疑問をなげかけました。越智さんは「自分はまだ18歳に達していないため選挙には行けないが、やはり周りの人達の関心は薄い。高校生が自分から選挙って大切なんだなと感じられる教育が必要。また自分たちがこれからの未来をより良くしなければいけない立場。」と今の社会に必要なことを提起しました。鷲野さんと越智さんは全国高校生未来サミットを立ち上げ、新しい風を日本に吹かせるため、自ら考え行動しています。また働く若者である国本享裕さん、高野裕樹さん、村中恵さんは平凡な今の生活が続く事が平和だと延べました。


関心を持ち考える

 最後に野中さんに医療生協への希望などを聞いてみました。それは「事業所として子どもの権利条約や就学援助制度に関心を持ち支援してほしい」というものでした。子どもの権利条約の大きな柱は「生存・発達・保護・参加」です。これをどう実効性あるものにしていくのかが問われています。私たちは今まで主に高齢者を対象に地域で活動してきましたが、世代をこえてつながっていく事が必要だと感じました。
(取材・国澤 多恵子)

松山にできたよ子ども食堂

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 日本の子どもの貧困率は過去最悪で6人に1人が貧困といわれています。ユニセフは子ども世帯の所得格差が先進41カ国で日本が34位と発表しています。経済大国と言われる日本でなぜこのようなことが起こるのでしょうか。
 すべての子どもがどうすれば守られるのか考えてみましょう。


子ども食堂オープン

 昨年私たちは無料塾を取材しました。今回は4月25日松山市の清水ふれあいセンターで始まった子ども食堂を取材しました。代表の野中玲子さんは医療生協の組合員さんです。取材した日は第1回目ということで多くの報道陣が押し寄せていましたが、その中でこども食堂を始める動機などをお聞きしました。まず一番に子どもと家庭の福祉に興味をもっていること、そのうえ野中さん自身シングルマザーで様々な不安があるそうです。
 スクールソーシャルワーカーを務めた経験の中で、経済的理由でメガネが買えない子や歯医者に行けない子がいました。その後社会福祉士として児童問題に関わり、孤立や虐待を防ぐためにも地域の大人が子どもを見守り、子ども同士がふれあう場を作りたいと考え、同じ志を持つ人と準備をすすめてきました。まず子ども食堂を始めましたが、今後はフリーマーケットを開いたり誰でも参加できるコミュニティの場にしたいそうです。


愛情いっぱいのこだわりのメニュー

 こうして取材をしている間にも子ども達が集まってきます。準備が出来るまで宿題を見てもらったり自由に過ごします。そして今日の献立はひじきご飯・野菜あんかけハンバーグ・野菜炒め・具だくさん味噌汁。ハンバーグは鶏ひき肉をしっかりこねた手作りです。調理担当の方によると旬のものを使い地産地消・無農薬にこだわっているとのこと。子ども達の食育もできそうです。この日の食堂を担うのは一般のボランティアや学生ボランティアの20数名。愛媛大学に通う男子学生は「ここでは普段自分がやらないことをやる。大変だけど子どもが楽しんでくれるのが嬉しい」と話してくれました。子ども達は今、部活や宿題に追われている、ここにいる間だけでもホッとしてくれたらというスタッフの言葉は大人たちの共通の想いかも知れません。


私たちに出来ることは…

 最後に野中さんに医療生協への希望などを聞いてみました。それは「事業所として子どもの権利条約や就学援助制度に関心を持ち支援してほしい」というものでした。子どもの権利条約の大きな柱は「生存・発達・保護・参加」です。これをどう実効性あるものにしていくのかが問われています。私たちは今まで主に高齢者を対象に地域で活動してきましたが、世代をこえてつながっていく事が必要だと感じました。
(取材・国澤 多恵子)

人と人がつながる「場」 みんなで手作り作品展

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 生協ブロック浮穴支部では、地域の公民館や伊予銀行森松支店の会議室をお借りし、班会や支部活動を行っています。銀行のロビールームでは、年に1回、班会などで作成したエコクラフトや絵手紙の作品展を行っています。今回は作品展にいたるまで浮穴支部がどのような取り組みを行なってきたのかを紹介します。


きっかけはまちなみチェック

 浮穴支部では、2014年6月に、「支部と職場が成長するチャレンジ月間」の一環として、まちなみチェックを行いました。目的は※AEDの設置場所を調べるため。立ち寄った伊予銀行森松支店には、AEDはありませんでしたが、医療生協や支部について説明をし、話題の中で「地域の方に会議室もロビールームも無料で使っていただいています」とのお話に「是非支部でも使わせてもらえませんか?」とお願いしたところ、快く応じて下さいました。
※AEDとは自動体外式除細動器のことを言います。


作品展で新しいつながり

 もともと地域の公民館で体操などの班会や支部活動を活発に行っており、そのうちのエコクラフトと絵手紙の班会を伊予銀行で始め、展示会を季節のいい3月にお願いしました。
 早速、今までみんなが作ったエコクラフトや絵手紙を持ち寄り、作品展を行いました。すると、今まで医療生協と関わりのなかった人たちが、「私もやりたい」と集まってきました。地域の人はもちろんですが、他の地域の人も集まり、いつも賑やかです。楽しい活動を通して医療生協を知ってもらい、組合に加入する人も多く、仲間ふやしにつながっています。
 作品展は今年で2回目。「発表の場があると、励みになって頑張れるね」と支部の人たちは語ります。


地域の中でつながって

 医療生協の活動をしていて、うれしかったことは何かと尋ねると、「この年になって、こんなに友だちができるとは思わなかった」とみなさん口を揃えます。組合員になって地域の中で声をかけ合える人が増えたことで、この地域に住んでいることを実感できます。浮穴支部には、そこへ行けばみんなで楽しめる、笑い合える場所があります。
 今後は、支部の活動に参加できにくい人にどうアプローチをしたらよいかが、課題だと語ります。高齢で場に来られなくなった人には、描いた絵手紙を渡しにいこうか、とも話し合っています。「組合員になってよかった」と一人でも多くの人に思ってほしい。
 支部ではこれまでも工夫をしながら色々取り組んできましたが、銀行のロビールームをお借りしたことで、より多くの人に医療生協の魅力を伝えられたのではないでしょうか。
(取材・村中  恵)

島のくらしを豊かにする班会

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 今治西支部に「はなみずき班」ができました。
 島ではこれまでも地域の絆は強いものがありましたが、「健康」についての話をする場所ができてとても喜ばれています。
 元気いっぱいの班が生まれ、友達ができ、病気や健康についての知識を得て集まる機会や場も増え、島の魅力がまた大きくふくらみます。


伯方島の魅力

 今治西支部の今治市伯方島は、面積21ha、周囲25㎞の瀬戸内海に浮かぶ島です。造船、海運、塩づくりが盛んな町で、塩ラーメン、塩アイスが有名です。人口は6950人(H26年9月現在)で、65歳以上の高齢者の割合は36・7%、高齢者人口に対する要支援・要介護認定者の割合は19・2%です。「若い人が少なくなって、お年寄りといのしし、たぬきが増えた」と島の人たちが話してくれました。地域では、社会福祉協議会のサロンに行ったり、グラウンドゴルフに精出して、元気に生活しています。また、島には医療機関が10か所(内科・外科、整形外科、歯科)あります。
 「伯方島の魅力の一つは開山の桜で、4月の第一土曜日と日曜日にお祭りがあるよ」「もう一つの魅力は叶浦の花火大会で、毎年8月13日に開かれ、海上で上げる花火は最高。人口の10倍の7万人の人が集まって来るんよ」と組合員さんたちが口々に話してくれました。最近は、サイクリングをする人たちが増え、方々からたくさんの人たちが島に来てくれるそうです。
 「しまなみ海道が開通して確かに便利になった。けど、船便が無くなり、橋が通行止めになったときにはたいへん、陸の孤島になる。その上、生活道なのに通行料が高い。安くしてほしい」という意見もありました。


はなみずき班誕生

 そんな島に、昨年5月に理事の紹介でお友達が集まり、「はなみずき班」が誕生しました。「健康チェックに興味があり、塩分や体重、体脂肪率など自分で体のことに気を付けるようになった」「何でもしゃべれる班会が楽しみ」「なによりも、健康のことを話す場ができてよかった」と班会を楽しみにしてくれています。最近の班会では、「認知症になったらたいへん」ということで、脳いきいき班会をしました。認知症の勉強をし、カナひろいゲームをしたり、いつまでも若々しさを保つための日常生活12か条を学習したりしました。「施設に入らないでみんなが一緒に住んで、助け合って老後を過ごしたい」と話しています。
 班会には、毎回一人二人と新しい人が参加し組合員になってくれます。「班会でおしゃべりするのが楽しいから、これからもどんどん誘っていくね」と元気いっぱいです。
 班長さんは、「地域にお年寄りが増えている中で、みんなが気楽に集まってきて健康で長生きできるように楽しい班にし、仲間も増やしていきたい。病気や健康づくりの知識も得たい」と抱負を語ってくれました。
 (文・竹中 由美子)

福島のいま 福島原発事故から丸5年

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 福島県いわき市には24000人超の原発事故被害による避難者が「窮屈で不自由な、そして先の見えない生活」を強いられています。そんな中、愛媛県では、伊方原発が再稼動されようとしています。福島の現状を知り、私たちが何を知り、学び、感じ取るのか、現地の報告から考えたいと思います。


強制避難地域はどうなったか?

 浜通り医療生協は、福島県の原発事故による強制避難地域が全て含まれ、活動の中心地であるいわき市は、津波被災地です。
 市内の津波被災地は、ほぼ整地され、防潮堤・グリーンベルトの建設や転地用の住宅地造成工事が盛んに行われ、復旧・復興に向けて進んでいるように見えます。
 直近の2015年9月5日に解除された楢葉町(第1原発から20㎞圏、人口7000人)は、5ヵ月間で帰還した方は約6%(400人程度)、それもほぼ全てが高齢者で労働世代や子育て世代の帰還は皆無です。人の住んでいない町で目をひくのは、除染ゴミの山や原発作業員・除染作業員用のプレハブです。2015年の国勢調査速報によると、10月1日現在、強制避難地域4町(富岡町・大熊町・双葉町・浪江町)は人口ゼロ、直近で一部帰還宣言をした2村(飯館村・葛尾村)で59人となっており、人が住んでいない広大な地域がそのままになっています。

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原発廃炉までどの位かかるか?

 先日、東京電力の案内で「福島第一原発」をバス内から視察し、原子炉建屋の近くまで行くことできました。説明では「放射線量が下がったので、皆さんを案内できるようになりました」と言って笑っていましたが、その時のバス外の線量は400μシーベルト/hです。一般人との感覚の違いに「驚きと怒り」がこみあげて来ました。1時間の視察でしたが、私の被ばく線量は0.0 1mSV程でした。これは、歯科のレントゲンを2回続けて撮ったのと同じぐらいだそうです。事故現場という特定区域ではありますが、このような高線量の下で多くの原発作業員が働いていると思うと胸が苦しくなりました。また、廃炉までどの位かかるか正確には分かりません。現在言えるのは、「わからない」が正解です。30年とか言われていますが、ただ根拠となるのは「スリーマイル島事故」で、1基で10年かかったので30年~40年と言われています。もう一つは、廃炉に伴う汚染物質をどうするのか。中間貯蔵施設は、法律で30年間となっていて、その後は他の県へ運び出すことになっています。どこが受け入れてくれるのでしょうか?

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原発ゼロを目指して

 福島の原発だから事故がおきたのでしょうか?全国の原発、どこでも事故がおきる可能性があります。一度事故がおきれば、福島と同じく「人が住めないまち」をつくることになります。全国で再稼働(2月現在4基稼働)の動きがあります。全国に、帰りたくても帰れない「人」や「まち」をこれ以上作らないためにも、原発ゼロに向けて活動をして行かなければなりません。
 愛媛医療生協のみなさん、これからも一緒に運動していきましょう!

(浜通り医療生活協同組合  國井 勝義)

作って楽しく 食べて元気 ~集まれる「場」をつくろう~

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 機関紙「えひめ医療生協」の4面「食べて元気」は、組合員さんにとても人気があります。管理栄養士の監修のもと、素材の栄養と特性も紹介しています。
 読者からは、毎回作っているとの声も寄せられ、長く続いている企画です。


男性もいきいきと

 一月十三日、新居浜市の高津公民館で、地域の組合員、運営委員、他の支部からの参加者計21人で調理実習を行いました。主食は、食べて元気で紹介している「福豆ご飯」です。
 主菜はタラのかぶら蒸し、副菜にはキンピラ人参とけんちん汁、デザートは和菓子の黄身しぐれです。協立病院の栄養士さんが献立を立ててくれました。
 3班に分かれ作業開始。それぞれの班で材料を洗う人、切る人、ザルやボールを洗う人と役割分担ができています。手を動かしながら口もよく動き賑やかです。そのうちいい匂いが立ち込めてきました。
 「グリンピースの豆ご飯はよく作るけど、大豆を炒って炊くんは初めてじゃ」「調理は楽しいね、またやりたいね」とみんな前向きです。
 一時間半程で全部が出来上がりました。
 和室に配膳したところでまずは機関紙に載せる「福豆ご飯」の写真を撮りました。

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食事をしながら

 一人暮らしの男性は「いつもスーパーでおかず買うて一人で淋しく食べよんよ。今日は久しぶりに多勢の人と食事をして本当に楽しかった」。しみじみ話す姿に考えさせられました。
 「次はうちの支部でやりたい」と神郷支部のSさん。
 「今日はほんまに良かった。家からでることがあまり無いから、みんなと話ができて楽しかった。また呼んでよ」とKさん。
 「こんな調理実習がずっと続いて〝場づくり〞になるといいね」等々話が続きます
。  新居浜市には、各小学校区ごとに無料で使用できる公民館があります。
 今日の会場、高津公民館は「ひがし北支部」「ひがし南支部」が、運営委員会や班会、おたのしみ会などで利用しています。草とりや大掃除などで地域の人たちとの交流も深まりました。文化、スポーツの要となり、人々の輪が広がる公民館を、これからも大いに利用していきたいと思います。
 何でも便利に、早いスピードで変化してゆく社会の角っこで、忘れられた人、淋しい思いをする人がいないように気配りや助け合いをする。人と人とが繋がるってそう難しいことではない。一人一人の要求が結びついて、それを実現しようとする。そこにひとつの〝場〞が生まれる。今、そうした場づくりが、医療生協の課題です。

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あなたの支部でも

 作って楽しい、食べて笑顔の調理実習、あなたの支部でも開いてみませんか。
 楽しい〝場〞になること間違いありません。
(文・石井 和美)

あなたの笑顔が私の幸せ
仲間とつながって今年も元気

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 2016年。今年も医療生協の絆を深め元気でがんばりましょう。
 元気になる源―それはどこから生まれてくるのでしょう。人は一人では生きていけません。だからこそ、人との繋がりを求め、人のために役に立ちたいと思うのではないでしょうか。また、大自然の風景や、日常の些細なことにでも喜びを感じパワーをもらっています。
 今回は、二つの支部の元気な話を紹介します。


「姫」と呼ばれて

  「姫、おはよう!」「今日も楽しくやろうね」明るい挨拶が飛び交います。ここは生協宇摩診療所のデイケアです。利用者さんや職員から「姫」と呼ばれて素敵な笑顔を振りまいているのがボランテイアの藤田ミドリさんです。今日も元気に出勤です。
 「私は何にも役に立たないから」が口癖で、控えめな藤田さんです。現在、一人暮らしですが、デイケアに来ると、みんなが楽しみに待ってくれているのではげみになると言います。
 「利用者さんの中には年上の方が多く、私の悩みも聞いてもらえるんよ。人生の先輩として、生きていくうえでの助言とか励ましなどで、みなさんから元気をもらってるんよ。私は、私の為にここでボランテイアをさせてもらっているんよ」楽しい笑顔で一日が始まります。

(宇摩診療所
組織担当 橋本 英子)

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仲間とつながって

  「あなたが元気になる時って、どんな時?」と4人の組合員さんに聞いてみました。
Aさん「私は、みんなと手芸したり絵手紙書いたりしている時が一番幸せ。元気よ」
Bさん「朝目がさめ、太陽見たら元気が出る。夕日を見たら、明日も元気でいたいと思う。みんなと出掛けて食事できると、もっと元気がでる」
Cさん「朝から電話がジャンジャンなる時、元気が出る。予定で真っ赤に塗りつぶされたカレンダーを見たら元気がでる」
Dさん「朝ごはんが美味しく食べられた時、幸せを感じ、今日も一日頑張ろうと思う。一日終わって風呂に入ると〝ありがとう〞また明日も元気でと願う」
 私も同じ思いです。私たちの地域では、無人駅となった菊間駅舎を利用して毎週集いを開いています。この集いには、医療生協が他団体と協力しながら参加し大きな力となっています。
 医療生協がめざす「元気で長生き」が組合員さんの生活になっていると思いました。仲間とつながってしゃべり、食べ、笑う。この輪が地域を元気にしています。

  (今治西支部 田村 キヨ子)

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社会保障の拡充を求めて
~もっと安心して子育てが出来るまちへ~

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 愛媛県社会保障推進協議会では、社会保障制度の改善をめざして、労働組合、医療、福祉関連の諸団体、女性団体などの組織が集まり、社会保障制度の改善を目指し、共同して運動をすすめています。その一環として「社会保障拡充県内キャラバン」を毎年行い、県内20の自治体を回り懇談を行っています。愛媛医療生協も共同団体として毎年参加しています。


社保キャラバンの取り組み

 少子高齢化や子どもの貧困率が広がっている今、自治体の医療や福祉の助成はどうなっているのか。また、2025年に向けた医療介護総合確保推進法の再編で将来必要な医療・介護サービスが受けられるのかも重要なテーマです。
 昨年の厚労省の調査では、中学卒業まで医療費を助成する自治体は全国で65%と増えているそうですが、愛媛県は全自治体の30%(6市町)という低さです。松山市も昨年、子どもの医療費について、入院費を小学3年までから中学卒業までに引き上げましたが、それでも全国的には極めて低い助成率です。
 毎年のキャラバンでは要請書やアンケートの回答の中で、疑問や質問、要望を出しますが、国からの予算が削減される中、自治体の対応も厳しくなっている側面があります。例えば、子どもの医療費無料化で窓口負担を無料にすると、市区町村へ払う国民健康保険の国庫負担金が削減されます。これは、医療機関の窓口で無料にすると患者が増えて、国民健康保険の国の負担分が増えるので、国庫補助金を減らすという理屈のものです。また、地域包括ケアシステム構築はどの自治体も「これからの取り組み」段階のようですが、介護保険制度の改定後も現行のサービスが維持できる事が必要です。この様な中、新たに歯科受診の助成も始めた新居浜・西条・今治・東温の4市。また、来年度実施に向けて、中学卒業まで通院も含めて無料化を前向きに検討する自治体が出てきています。自治体の努力とキャラバンの要望も後押ししたのではないでしょうか。

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松山市のキャラバンに参加して

 民主団体の25名と、松山市との自治体懇談に参加しました。対応した市職員は50名ほどで、相対すると威圧感を感じました。事前に提出した、医療・介護・子育て・障害者福祉・最低生活保障等についての回答がありました。どれも私たちが求めている要望とは程遠いものでした。特に、子どもの医療費助成については、財源の目途が立たないとの事で、就学前までなのは、県都として残念な限りです。また、健康保険料が払えず無保険状態になるなど、減免制度があまり活用されていないのは命に関わる事なので問題があると思いました。

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協同してまちづくりを

誰もが安心して医療・介護が受けられる、安心して子育てができる、それが自治体が目指すべき「安心して住み続けられるまちづくり」ではないでしょうか。医療生協もそんなまちづくりを目指しています。行政の役割と医療生協が出来る事を合わせれば、そんなまちに一歩近づけるかと思いました。

(文・国澤多恵子、小島優子)

わたしたちがお手伝いします
~東石井町福祉ネット「東風」~

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 松山市東石井町では、町民の多くがボランティア活動をしています。色々なサービスを利用する人と担い手のマッチングを「東風」が行い、それぞれが持てる「力」を発揮しています。


135人のボランティア!

 2004年、30人ほどのボランティアが独自に活動をスタートした「東風」。現在は町内会の福祉部門を担い、30代から80代のボランティアさん135人が活動しています。  活動内容の一つに、毎週火曜・木曜日のサロン開催があります。手芸やゲーム、健康体操など、いつでも誰でも参加できます。  もう一つに高齢者や障がい者の方たちのちょっとした困り事に対応する「ぷちぼら」があります。電球の交換や木の剪定、庭の草引きや花の水やり等の生活支援。炊事、洗濯、買い物やゴミだし等の家事支援。町内で困っている人がいれば登録した担い手さんが無料でお手伝いします。12月17日には「シェイクアウトえひめ(県民総ぐるみ地震防災訓練)」に、「東風」が中心となって参加します。独居老人や障がい者など要支援者の安否確認をしたり、炊き出しをすることで、町民の防災意識を高めます。

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お互いさまのお付き合い

 「東風」のモットーに「向こう三軒両隣、コミュニケーションを大切に、お互いさまのお付き合い」があります。町内の誰もが安心して心豊かに暮らせるまちづくりを、町内住民の主体的な活動によって実現するために、ご近所さん同士で気に掛けながら助け合う、という事。宮内さんは、「ボランティアとは、いつでも自由にやりたい人がやる。無理強いするのではなく、出来る人がワイワイ楽しく活動する事で町内に助け合いの輪が広がって欲しい」。光田さんは、「自分も歳を取り、いつかは助けが必要になる。お互いさまの心でできる時に手伝えれ ば、それは自分の為にもなる」と話します。  「東風」のネットワークが広がり続けることで町の人が活き活きと活動でき、生きがいが持てます。  この町が好き。この町で住み続ける為に、ちょっとした困り事でも解決してくれるご近所さんは心強い存在です。

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今後、求められること

 医療生協の各支部は、地域まるごと健康づくりをすすめるため、様々な取り組みをしていますが、町内会や自治会などと連携しているところは少ないのが現状です。国が今進めている、地域包括ケアシステムは、ご近所での助け合いを期待しているものです。大きく変わるのは、介護保険の要支援1・2の通所介護(デイサービス)と訪問介護(ホームヘルプ)が受けられなくなることです。今後は自治体に移行されるため、地域の役割がますます重要になります。それは、医療生協が今まで取り組んできた内容と重なる部分もありますが、医療生協だけでなく、「東風」のような町内で活動する他団体と連携を深めることが重要になります。培ったノウハウを活かし、地域でますます輪が広がっていけばいいと考えています。 (文・宮本 薫)

人との関わりが健康をつくる

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 健康とは、病気にかかっていないというだけではなく、社会的健康や、心の健康など、色々な角度から見ることができます。医療生協は、地域での関わりを通じて、健康寿命をのばす取り組みをしています。今回は、2つの取り組みを紹介します。


農園の取り組み

農園つくらんかな?

 男性組合員の呼びかけに女性も加わって、「レインボーファーム来住」という共同農園をつくりました。  しかし、農業の経験もなく、「今、何を植えたらいいの?」から始まって、ワイワイガヤガヤ。じゃがいも、トマト、ピーマン、ナス、枝豆を植えました。その後は雑草抜きや水やりに追われましたが、畑いっぱいにじゃがいもの花が咲いた時は歓声が上がりました。

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待ちに待った収穫祭

 8月1日第1回収穫祭を開き、自分たちで育てた野菜たっぷりの手作りピザ、ポテトサラダ、枝豆を味わいました。また、ある組合員さんはこの日のために丹精込めた手打ちそばをふるまって下さいました。おじいさんとお孫さん、フィットネスに来られた人、ドクターなど多くの人が参加し、とても賑やかでした。トマトが出来てみたら生食用ではなかった、なんて失敗もありましたが、何はともあれ、次は「芋炊き」のために、里芋とさつま芋を育てています。土と触れ合い、仲間と一緒に野菜を作り食べる。沢山とれたら農園の資金作りに販売もします。今後は、地域の子ども達や施設の利用者にも参加を呼びかけたいです。まだ始まったばかりの『新米ファーマー』の夢は広がります。みなさんも一緒に参加しませんか? (文・青木 一子)


久谷支部の取り組み

場から場へ

 生協ブロック久谷支部では、昨年度、東方団地で「にこにこ体操班」を立ち上げました。今では20名を超える参加でいつも笑いが絶えません。  そんな中、体操に来ている80代の組合員さんが、一人でごはんを食べているということがわかりました。そこで、何人かでその方のお宅を訪問して食事を作り、一緒に食べようということになりました。そして当日訪問してみると、すっかり料理ができていて準備万端。皆でおいしくいただきました。その人は「いつも一人だけど、皆で食べると楽しい」、参加者は「このようなお付き合いは初めてだが楽しかったので続けたい」と、お互いの絆が深まりました。

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地域で支え合う

 今後、地域の中では、「支えられたり、支えたり」の関係がさらに大切になると思います。私たちのこの小さな活動も、医療生協が目指す地域包括ケアのひとつ。私たちが、安心して住みつづけられる地域になるように、この取り組みを継続していきたいです。 (文・越智 清子)

ときめき健康チャレンジ 健康寿命をのばそう!

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 9月から10月の間に行われている「健康チャレンジ」は昨年から「ときめき」と付け加えられて始まっています。「ときめき」加えると、なにか胸が踊るわくわく感が生まれてきますね。  医療生協では健康習慣を身につけ、「地域の中で健康で楽しく積極的に生きる」という目的があります。
 みんなで楽しみながら健康チャレンジに取り組んで、より多くの人に健康で長生きしてほしいと願っています。


さぁ、はじめよう

 愛媛医療生協では、9―10月で60日間継続して健康づくりにチャレンジする「ときめき健康チャレンジ」に取り組んでいます。この取り組みは、期間中新たな健康づくりにチャレンジし、終了後も継続・習慣化することで、病気や介護の予防、健康増進を図り、日常生活がスムーズに楽しく送れるそれが健康寿命を延ばすことになります。厚生労働省の調査では、平均寿命と健康寿命の差は、男性で9年、女性で12年あると言われています。私たちは、平均寿命が延びても、認知症や寝たきりということを望んではいません。健康寿命を延ばすことで、介護など人の手助けが必要となる確率が低くなり、終末期まで自立した人間らしい生活が送れる可能性が高くなります。

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あなたの目標は?

 今回、「3 キロ減量に挑戦」「毎日1万歩でウォーキングの達人に」「絶対、禁煙するぞ」とチャレンジしている人がいます。健康づくりを「続けること」は「始めること」より難しいと思います。ご家族など身近な人に「宣言すること」も継続する力になりますが、何よりも、励まし合う仲間や「場」があり、楽しく続けることが大切です。医療生協には、お互いの経験や成果を話し合う仲間や班、サロンなどの「場」があります。

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みんなで取り組めば

 今治西支部のこまどり班が、今回のときめき健康チャレンジに参加しようとみんなで集まって体操やウォーキングをしています。みんなで取り組むことによって、コミュニケーションや団結力、絆が生まれてきています。  このように、新たに始めることで今まで気づかなかったことを発見したりつながりが深まっています。


続ければ変わる

 この9月、10月で色々と変わっていく自分にも出会えると思います。  チャレンジしている皆さん、最後までやり遂げましょう。そして、これを機会に健康習慣を身につけ、健康寿命を伸ばしましょう。多くの方々のご参加をお待ちしています。

(編集部)

今! ! 被爆体験語らねば 多くの人に知ってほしいあの日の広島

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 新居浜市の津村義文さんは、1928年生まれの87歳です。学生の時広島で被爆しました。
 戦後70年守られてきた平和が危うくなっています。「戦争体験者も少なくなってきた今、僕が見たあの日の広島を、一人でも多くの人に知ってもらいたい。そして二度と愚かな戦争だけはしてはいけない」と語りました。


ヒロシマは火の海

 当時、私は広島大学の学生でした。学徒動員で、向灘の東洋工業で鉄砲を作っていました。「おまえらの作る鉄砲は、前へ向いて飛べば当たらんでもええから恰好だけは整えとけ。」教官が変なこと言うと思っていたけれど、鉄も鉛も不足して、この戦争が終わりに近いことをを知っていたのでしょう。  工場は爆心地から、約4㎞のところにありました。旋盤の前に並んで、さあ仕事を始めようとした時、原爆が投下され、工場の中は爆弾が落ちたような衝撃でした。外に逃げ出して空を見るとキノコ雲がヒロシマの上に広がり、落下傘がひとつその周りを回っていました。雲の下のヒロシマは火の海でした。  やがて工場の前は逃げてゆく「地獄の行列」が続きました。裸で体の皮が焼け、学校警備に着きました。グランドに植えてあったさつま芋を盗まれてはいけないので野宿をしてその番をするのです。このようなことの繰り返しで敗戦を迎えました。



ABCCについて

 原爆に関して特に強く心に残っているのは、ヒバクの惨状とともに当時のAB CCのことです。ABCCに被爆者が呼び出され、治療してくれるのかと思ったわれた多くの人たちが眠っている。その上を踏んで歩くことはできません。 『ほかのことは辞めてもズルむげになって、何故か指先から垂れ下がっているのです。電車の中では、つり革を握ったまま黒焦げになっている人、川辺には、水を求めて人や馬が折り重なって死んでいる。忘れようとしても決して忘れることはできません。  その日は東向きの風が吹いていて、爆心地より西にいた私たちは風上だったので助かったのです。苦しんでいる多くの人達に手を差し延べることもできず、先生の命令で熱い中ら、検査して写真を撮るだけでした。後日わかったことですが、この調査はアメリカが資料として持ちかえるためだけのものでした。  現在も研究のためヒバク二世の追跡調査をしていますが、費用は日本が負担しています。




生涯の仕事として

 広島や長崎で開かれる平和集会に参加していますが、平和公園にはよう入りませ ん。あの土の下には命を奪ヒバクシャであることは辞めれない』との思いから被団協の県の会長や四国ブロックの代表理事の活動をしてきました。  87歳の今日まで無事生きてきた私が、原爆の実相を語り、医療生協と共に平和を守る運動を続けなければと思っています。

(聞き手 石井 和美)

平和を学ぶ若者たち 平和人権ゼミナールの取り組み

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 愛媛医療生協の若手職員を対象に、毎年、「平和」や「人権」について学ぶ、「平和人権ゼミナール」が開催され、今までに3 7名が卒業しています。
今年で第9期となるこの取り組みですが、今回は、第8期生にアンケートを行い、感じたことや仕事にどう活きているかなどを尋ねました。


平和人権ゼミって?

 平和人権ゼミナールの目的と意義は、①「平和」・「人権」をテーマとした学習を通して、民主主義と人権感覚を身につける②小集団の継続的な学習を通じて、 課題設定能力や問題解決能力などを身につける③共に学び合いながら職員集団として成長すること、です。約1年間、10名以下の少人数で学びを深めます。



何を学び、感じたか

 第8期生は、主に沖縄に焦点を当て、米軍基地問題や歴史、沖縄戦の概要などの学習を行いました。そして実際に沖縄へ行き、辺野古支援・連帯運動に参加しました。
「現地でオスプレイを目の当たりにし、座り込みをしたり、高江や辺野古の自然を見るなどの体験ができた」「自分は平和に暮らしているが、沖縄の方は米軍基地の存在により生活に不安を感じていた」 「机上の学習では得られなかったことを現地に行き学べた」「現地で活動する沖縄の人の気持ちを感じ取れ、沖縄だけの問題ではないと感じることができた」など、他人事ではなく、自分にも何かできないかと考えるようになりました。 「事前学習では、各々が調べたことを持ち寄り、発表する形だったので、ゼミの皆にわかりやすく説明しようと真剣に取り組んだ」とも述べており、学び、説明する力も備わりました。
 また、「平和・人権とは、私たち人間が何かに脅かされることなく、安心した生活が保障されること。身近に起こらないと考えないこともあるが、私たちには„伝える"ことはできる」と学びました。


仕事にどう活かすか

 参加した看護師は、「人権は一人一人平等に守られるべきこと。患者様の立場で物事を考え、患者様の気持ちに寄り添い接していく事を、更に気をつけるようになった」と、人権について考える機会が増えています。


未来へ

 今年は、戦後70年・被爆70年の節目の年です。
第8期生は6名でしたが、身近な人から戦争体験を聞いたことがあるかの質問に、5名が無いと答えました。沖縄の学習を重ね、実際に現地に赴くことで、「知ること」と自らの「経験・体験」とが結びつき、平和や人権に対する関心が高まり、それを行動に移しています。若者が学び、考え、行動する「平和人権ゼミナール」は今年も開催されます。

(文・村中 恵)

核兵器のない世界へ

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  核兵器のない世界を目指して、ニューヨークで行われるNPT再検討会議・ニューヨーク行動に参加しました。
日本から約1000名、内、愛媛医療生協から5名が参加し、ニューヨークの街で核廃絶を訴えてきました。


ニューヨークにて

 4月25日に愛媛を発ちニューヨークへ。
翌26日に核兵器のないための国際行動デーの会場であるユニオンスクエアへ。
集会では、各国際団体のあいさつ・訴えが続き、合間にはラップミュージックも登場しました。
その後、ユニオンスクエアから国連本部近くのハマーショルド広場まで、 愛媛医療生協各支部・職場の「反核・平和」の願いを縫い合わせた緑の鯉のぼりを棚引かせ、ニューヨークの街を行進しました。
途中、道行く人や参加している海外の方が鯉のぼりの写真を撮っていて、私たちの願いをアピールできたと思います。
広場では、全国で集めた署名約633万筆を積み上げ、国連上級代表、NPT再検討会議議長へ手渡しました。

 また私たちは、この広場で、何度も練習した「はだしのゲン」の紙芝居の英語版を演じました。
ずっと見てくれていた人もいて、最後に「とってもよかった。他の人にも見せるよ」と言ってもらい、握手を交わしました。
同時に、「これはフィクション?」とも聞かれ、まだまだ原爆の被害について、海外では知られていないのだと感じました。

 翌日の国際シンポジウムでは5年前のNPT再検討会議の議長を務めたセルジオ・ドゥアルテさんが、 「皆さんの署名が禁止条約を求める重要な力となっている」と語っており、私たちが集めた署名には確かに力があると改めて感じることができました。



核実験場を見学

 4月30日には、ネバダ州にある核実験場を見学することができました。
この実験場では、大気圏中で100回、地下で828回の核実験が行われていました。
実験場内は、エネルギー省の元職員の方に案内してもらいました。
今でも生々しく、実験に使われた残骸などがそのまま残っており、何度か映像で見たことのある実験の様子そのものでした。
巨大なクレーターもいたる所に。
実際に目にし、改めて核兵器の脅威を感じることができました。

 しかし、元職員の説明は、放射能の影響を過小評価しているようで、核兵器は国家存続のために必要だったかのようでした。
衝撃的だったのは、大気圏中で核実験を行っていた時代は、核実験で出来たキノコ雲を特殊な眼鏡をかけて見ることが、 観光アトラクションになっていて、同時中継もされていたということです。
広島・長崎を知る私たちには考えられないことです。


みんなの力で核廃絶へ

 今回の行動で感じたことは、核廃絶には様々な課題がある、しかし、廃絶への道を開くには、私たち市民社会の意志表示が大事だということです。
市民社会から国家を動かし、核廃絶へ。
道のりは長いかもしれませんが、これからも継続して核廃絶のために共に行動しましょう。

(文・代表団 村中 恵)

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